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2014年 09月 22日

カラオケモデル時代の話


金は無いものの好奇心だけは人一倍強く、まだ見ぬ世界を求め目の前に出現する『未知なるドア』を片っ端から開けまくっていた大学時代。
(ちなみに私の通っていた大学は福岡の九州産業大学です。経営学部・産業経営学部でした)

勇気を持って『未知なるドア』を開け、一歩踏み出したものの

『これじゃない!オレが求めているものは。。絶対にもっと面白い世界があるはずだ!!』

この繰り返しだった私の大学生活。

全身傷だらけになりながらも後ろを振り返らずに色んな事にチャレンジして行った私。
本当に色んな経験をして来ました。

バイト先の雀荘で修羅場に巻き込まれそうになった事。
青春を謳歌したカラオケモデル時代の天国と地獄の体験。
ホテルのバーのバイトで多くの方の人生模様を聞いた日々。
中洲の街の住人との忘れられない交流の日々。
etc。。

えー、本日はカラオケモデル時代の忘れられぬ話を紹介します。


モデルになったきっかけ、それは天神を歩いていてスカウトされたんです。


『すみません。私こう言うものですが、カラオケビデオのモデルに興味ありませんか?(と、名刺を差し出す男性)』
『モデル?興味ないなー。。て言うか、何でオレなの?』
ショーケン(萩原健一)の愚か者よって歌のモデルを探してたんです。ショーケン・松田優作系の人を探してましてあなたが目に留まったんです』

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※参考画像:撮影当時の私です(若いな~・笑)


『ふ~ん(興味無さ気に)』
『ギャラは悪くないんで是非お願いしたいんですが、どうですか?』
『幾らなの?ギャラは』
『一日拘束で1、2本撮影して日給33,333円です!業界の三並びです。もちろん当日支払いますよ!』

(結構良いバイトじゃんか♪モデルの仕事も面白そうだしこれはやるしかないじゃろ!)

『演技は素人じゃけど大丈夫ですかね?』
『大丈夫ですよ♪こう言う言い方は悪いけど映画を撮るんじゃないですから』
『OK,分かりました。やってみましょう♪えー、オレの連絡先は・・・』


と言う事でカラオケビデオに出演する運びとなった私。
私のモデルデビュー作が今話した萩原健一の『愚か者よ』で、他には憶えているところでは長渕剛の『泣いてチンピラ』とんねるずの『おらおら』
ハウンドドッグの『ローリング』モッズの『激しい雨が』あと演歌系も出たしちょっぴりエッチなアダルト系も出ましたね。

と言う事で本題に移ります。
話はデビュー作の『愚か者よ』での話です。
カラオケビデオと言ってもひとつの作品ですからスタッフが結構いるんです。
監督ももちろんいますし照明係、タイムキーパー、通行整理をする人等総勢7~8名はいましたね。
脚本も当然ありまして、トラブルに巻き込まれた飲み屋の女を私が助け、敵対する暴力組織と戦い
疲れを引きずりながら女の待つ飲み屋に帰った私をその女が射殺すると言うストーリーでした。

助けた女に殺されると言う、まさに【愚か者】の役割を演じた私。
本当の地獄はここから始まりました。。

私を射殺した相手役のモデルさんは私より8歳年上の本当に綺麗な方でした。
早朝から始まった撮影のラストシーンを撮り終えた時、日付が変わっていたのを憶えております。

(想像以上にキツかったな。。NG連発やったし。Oさん(相手方のモデルさんの名前)に挨拶しとかなきゃ・・)


『Oさん、お疲れ様でした。すみません、NG連発でこんな夜中まで掛かっちゃって』
『いいのよ、ジョビン。誰でも最初は緊張して舞い上がってしまうものなのよ。私も最初はそうだったわ。。』
『そうなんですか。。また違う作品でぜひお会いしたいですね。それではまた』
『待って、ジョビン。。』
『はい?なんですか?』
『これ私の家の電話番号。大橋に住んでるの。暇なときにでも一度電話をちょうだい。ジョビンはどこに住んでるの?』
『オレは和白ですけど。大学の近くのマンションで一人暮らししてます』
『そうなの。。ま、一度電話ちょうだい。今日は疲れたでしょ?気をつけて帰るのよ』
『はい。それじゃまた。お疲れ様でした』

彼女は綺麗でお金も結構持ってまして、親しく付き合う様になってから飲みに連れて行ってくれたり
旅行(沖縄)に連れて行ってくれたりと本当にお世話になりました。

が、しかし・・・

付き合いだして半年後位に彼女に関する衝撃の情報が耳に飛び込んだのです。

実は彼女は某組の親分さんの女だったんです。


おかしいとは思ってたんですよ、実は。
中洲や親不孝通りでは絶対に飲まず、香椎や雑餉隈で飲むケースが多かったですし飲んでいてもお店にお客さんが入って来ると
必ず振り返って確認してましたからね。。

そんなこんなで私と沖縄旅行へ行った事が親分さんにバレてしまい、香椎駅で張っていた舎弟二人に捕まり事務所に連れて行かれた私。
そりゃ怖かったですよ、正直言って。半殺しで済めば良い方だろうと思っておりました。


『お前か・・・Oと沖縄に行ったのは本当か』
『・・・(言葉が出ない私)』


長い時間沈黙の時が流れ、それを断ち切ったのは舎弟でした。

『コラー、きさん!何ちゅうことをしてくれたんじゃコラ!!ええかげんに白状せんかゴラーー!!』
『・・・』
『何か言えやコラーー!顔上げんかいゴラーー!!(と私の襟首を掴む)』


舎弟と目が合った私。目を吊り上げて凄む舎弟の顔を見て


(この人の顔、カマキリに似てるな。。)


絶体絶命のピンチにも関わらず、思わず頬を緩めてしまった私。

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『何でオレの顔を見て笑うとやーー!!きさん、ナメとっとかーー!!』


懸命に凄む舎弟の姿を見ながら、何故か落ち着きを取り戻した私。
舎弟を無視して親分さんに視線を向け、


『今更嘘を言っても仕方ないです。沖縄に旅行へ行ったのは事実です。』
『・・・・・』
『旅行はその一回きりですが、月に3回位は飲みに連れて行ってもらってました』
『お前なんばしよっとか、コラーー!!(と、舎弟が叫ぶ)』

『・・・お前目が泳いで無いけど空手か何かやっとるんか』
『プロスタイルレスリングをやっております。UWFみたいな格闘技です』
『おお、九産大の有名なアレか』
『そうです。』
『ワシらも中洲祭りの時にお世話になっとるからの・・・(段々表情が変わって行く親分さん)ヒンズースクワットは何回やるんか』
『基本は500回です。北九でやる玄海荒波合宿の時は1000回やり切ります』
『そりゃ凄いのぅ。お前今日暇か?よかったら今晩オレに付き合え』
『分かりました。お付き合いさせて頂きます』


ひょんな事から親分さんと意気投合した私。
この親分さんには長い事可愛がって頂きました。
本当に色んな事を学ばせてもらい今でも感謝しております。


『未知なるドア』を開けるのには勇気がいります。


何故ならドアの向こうに何が待っているのか見えないんですから。


『ボクは冒険なんかしたくない。家でゲームしてる方が楽しいし安全だもん♪』


そう言う考え方はもちろん悪い事ではありません。
でもですね、勇気を持って一歩踏み出す事によって大きな喜びや感動を味わう事がある事も事実なんです!

知の巨匠・立花隆先生の本の中にこう言う話が書かれておりました。


遥か昔、森にいた猿の群れの中の一匹が仲間に問いかけます。

『森の先の地平線の先はいったい何があるんだろう。。おい、一緒に見に行こうぜ!』
『ボクは行かないよ。ここにいれば水もあるし木の実もたくさんあるから不自由しないからね。それに森の中は暖かいし』
『それもそうだけど、あの先にはもっと素晴らしい世界があるかもしれないぜ!オレ、ちょっと行って来るわ!』

その猿は安住の地を捨てて勇気を持って一歩踏み出しました。
彼の行く手には数々の困難が待ち受けておりました。

大きな川が立ちはだかった時には木でいかだを造り向こう岸へ渡りました。
食料が周りに無い時には罠を仕掛け、小動物を捕獲したり魚を捕って空腹をしのぎました。
寒さに耐え切れない時には火を起こし暖を取りました。

立花隆先生曰く、

森にとどまった猿は今でも猿のままだ。
勇気を持って一歩踏み出した猿、彼らは幾多の困難を乗り越え多様な経験を重ね進化を遂げて行った。
すなわち彼らが人間の祖先となった連中だ。


勇気を持って未知なるドアを果敢に開け、一歩踏み出して行く若者を私は今後も応援し続けたいと思っております♪


最後にお世話になった親分さんと一緒にキャバレーで聴いた曲をUpしときます。

マリーンのレフト・アローン(Left Alone)です。

動画の中の野村宏伸が私で、鹿賀丈史が親分さん、倍償美津子がOさん。。かな?

えー、ちなみにこのLeft Aloneの意味は、左の孤独ではありません(笑)
このLeftはLeave(離れる)の過去形です!
離れて行って孤独になった、一人ぼっちになってしまった、そんな感じの意味です。
受験生のみなさんは良く憶えておきましょう。
テストに出るかもよ(笑)

と言う事で今日はこのへんで。

ジョビンでした♪





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by jobin33375 | 2014-09-22 22:42 | ジョビン語る


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